そもそも横綱がただ一人だけ存在することがまれなので経験者は少ないが、朝青龍くらいこの状況を追い風に出来た力士はいないと思われる。千代の富士も一人横綱として孤高の立場に耐えられたように思うが、次々と人は変われど他の横綱がいたことで負担が軽減されただろう。故障持ちの曙や武蔵丸がダメージを受けたように、一人横綱の精神的・肉体的な負担は想像を絶する。北の湖、隆の里ら同世代の強豪が去り、30歳にして初めて一人で横綱を張った千代の富士も、そのままでは長くは持たなかったのではないか。実際その後休場は少なくなかったが、その間を埋める力士がいなければ精神的に休めず、お得意の休場明け優勝は難しかっただろう。穴を埋めた横綱の最先鋒・北勝海を自ら育てたところが千代の富士の凄いところ。, 朝青龍も、貴乃花や武蔵丸がもう少し長く綱を張っていれば生きた見本として行動を見習うこともできただろうし、弱くても他の横綱がいれば精神的にももう少し安定しただろう。一人横綱が解消してさらに大荒れになったのも、虚勢を張りつつ一人横綱に適応していた分、2横綱になったことで白鵬に牙城を崩される焦りを生み、却って精神面を揺さぶったからかもしれない。, 朝青龍の一人横綱は21場所に及び史上最長。このモンゴル人横綱を外しては一人横綱時代は語れない。21場所ということになっているが、事実上はそれ以前、昇進時からずっと一人横綱であった。15年1月場所後に横綱に昇進したが、この場所中に貴乃花が引退。もう一人の横綱武蔵丸も休場続きで全く働けず、同年11月に引退してしまったからだ。その間、横綱として15年2回、16年5回、17年は6場所完全制覇、18年4回、そして19年の1月と優勝し、まさに無敵の黄金時代を築いた。26場所の間わずか8場所しか賜杯を離さず、2場所続けて優勝を逃すことはなかった。平成以降2場所連続優勝した大関しか横綱になっていなかったから、その間に優勝した千代大海、栃東、魁皇、白鵬もみな横綱昇進を阻まれた。19年3月に朝青龍との決定戦を制し、続く5月を全勝優勝した白鵬がやっと横綱に昇進。初めて2場所連続で優勝を逃したこの場所で、朝青龍一人横綱時代に終止符が打たれた。, 当時の朝青龍は抜群の実力で、仮に他の大関が横綱になっていても明らかにアンバランスだっただろうから、名実ともに一人横綱に相応しいものだった。その間、16年11月の魁皇が13勝優勝後の12勝準優勝、18年7月の白鵬が14勝優勝後の13勝準優勝(どちらも千秋楽朝青龍に勝つ)で惜しくも見送られている。厳しすぎると悪評高い平成以後の昇進基準であるが、結果的には見送った結果の番付は嘘をつかなかった。魁皇と白鵬はその後不振に陥り、朝青龍が連覇を果たす。今になって思えば、審判部もよく見ているなと感心させられる(もちろん上げて入れば結果は違ったかもしれないが)。, 北の富士は当時最も長い大関在位場所数を経て、ライバル玉の海と同時に横綱昇進。ムラはあったものの大鵬との3横綱時代を経て、北玉2横綱時代を築きつつあった。46年には3場所連続で2人が入れ替わりに全勝優勝を果たし、人気実力共に備えた名横綱に成長していくと期待されていた。しかし、北の富士が全勝を決めた秋場所千秋楽が、玉の海との最後の戦いになった。10月、玉の海が急死したのである。, 急遽一人横綱となった北の富士は、この秋巡業では玉の海の綱を締めて不知火型の土俵入りを披露するなどしていたが、まさに一人二役の重圧を背負うことになった。九州場所は独走で13日目に連続優勝を決め、その重責を全う。この場所4大関は誰も二桁勝てず。前の山以外は29歳の北の富士より年上と伸びしろは期待できない。輪島や貴ノ花、三重ノ海など若手はまだ三役あたり。しばらくは名実ともに北の富士が一人横綱で安泰と思われた。, ところが、年が明けると事態は急変。取組編成改革で初日から大関戦が組まれるなどの不利はあったが、いきなりカド番の琴櫻に星を落とすと、貴ノ花の打っ棄りに手を付いて大揉め。つき手かばい手論争で立行司が引退に追い込まれるなど事態は混乱、騒がれる中で立て続けに星を落とし、7勝7敗1休のひどい成績。それでも終盤まで優勝争いに残っていたのだから、とんでもない場所だった。11勝4敗、史上最低の成績で平幕栃東が優勝した。2大関は休場、清国・琴櫻は千秋楽まで自力優勝の可能性があったが10勝と9勝に終わる。春も北の富士は9勝どまり、大関陣も3人が10勝で、前の山は琴櫻戦が無気力相撲とされ自主的に休場、大関陥落に追い込まれる後味の悪い事件があった(いまだ真相は謎)。この場所も関脇と平幕が決定戦を戦う荒れっぷり。夏場所北の富士は途中休場、前場所の長谷川に続いて関脇の輪島が初優勝。北の富士は名古屋場所を全休、平幕高見山が関脇貴ノ花を振り切って優勝。関脇は強いのだが、大関はボロボロ。秋場所は、復帰した北の富士がまさかの全勝優勝。この年、全くいいところがなくバッシングの嵐だったが、ようやく横綱の意地を見せた。, 一方、同場所で貴輪が同時に大関昇進。古参揃いの上位陣に話題性抜群の若い大関が登場、「貴輪時代」到来と、人気回復へ大きな期待が寄せられた。, 九州は立ち直った一人横綱と五大関、この年の優勝者3人、決定戦進出者1人が前頭筆頭までに収まるサバイバル戦。例によって前半から上位同士が当たって潰し合い、抜け出したのは大関を守るのに精一杯だったベテラン大関・琴櫻。北の富士は10勝どまり。結局この1年は史上稀に見る戦国時代で、6場所とも優勝力士が変わり、年間最多勝は3年連続の北の富士に代わり、輪島が63勝(平均10.5勝)ながら手中にした。一人横綱が大不振に陥ったうえ、穴を埋めるべき大関の不在で良く言えば白熱した、悪く言えば締まらない一年だった。, 48年もしばらく混乱は収まりそうもなく、貴輪ら若手の台頭待ちという見方だったが、大方の予想を覆して32歳の大関琴櫻が1横綱4大関をすべて倒して14勝1敗で連続優勝。北の富士を越える史上最も長い大関在位の末に横綱昇進を果たすこととなり、意外な形で北の富士の一人横綱は終わった。, ついに壁を超えられたという感じだった朝青龍の場合と違って、北の富士はむしろ救われたと言えるだろう。この場所も10勝どまりで、一人横綱を続けさせるのは厳しい状況だった。やっと重圧から逃れられた北の富士は、2横綱となった春場所、輪島を蹴散らして10回目の優勝を飾っている。強敵不在とはいえ、北の富士にとっては大迷惑でしかない一人横綱時代だった。, 2年近く一人で綱を張ったのが外国人初の横綱・曙。当時は横綱不在で、名実ともに最初から一人横綱。まだ外国人を横綱にしていいのかという声もあった中で、しかも見本にする横綱もいない状態ながら、よく頑張ったと言える。綱の重圧のほか、日本中が熱狂的に応援する若貴兄弟の最大の敵としてヒール扱いされる環境だった。朝青龍とは比べ物にならない立派な精神力だったと今頃になって思う。 厳しい稽古が待っているので、高血圧、糖尿病、心臓、腎臓病のリスクが付きまとう。, 横綱や大関になると、勝つ事を義務付けられた世界で生きている。 横綱(明治生まれ以降)の平均寿命は短命なのか?歴代横綱没年令一覧.  空位の穴を埋めるのは当然大関陣。前年から小錦と霧島の2人が争っていた。4年3月の小錦は、13勝優勝ー12勝(第3位)ー13勝優勝で、横綱に上げても良かったが見送り。当時まだ外人横綱がいなかったことから、外国人差別問題が巻き起こった。小錦が昇進していれば北勝海の寿命も少し延びたかもしれないが...。霧島は高齢で肘の不調で衰え始め、11月の故障休場で大関陥落となった。4年1月に最年少優勝した貴花田は大関取りにもたつき、5月場所で初優勝した曙は新大関場所休場するなど、なかなか次の横綱は現れないかに思われた。, しかし、曙があっさりと抜け出した。突き押しに磨きをかけ右四つの相撲も成長、安定感を増した2メートルの巨漢は、4年11月・5年1月と14勝1敗を続け、文句なしの成績で横綱に昇進した。以降外国人横綱の系譜は途絶えたことがない。和製横綱の空白は、北勝海引退から7年1月の貴乃花まで2年半15場所あったが、貴乃花引退後はこれを優に抜いて13年もの空白期間が生まれた。ともかく事実上1年半、番付上4場所あった平成の横綱空位時代は曙が幕を下ろし、戦国時代は収束していった。世代交代が急速に進んだ結果として、襷をつなぐまで横綱が持たなかったために起きた空位の時代。実際、文句なしに横綱の力を持つと言える力士は、前後2年ほど存在しなかった。, 昭和の初めもなかなか横綱が現れなかった。昭和2年の東西協会合併で、江戸の2横綱に大阪の宮城山が加わって3横綱が君臨した。後の理事長・常ノ花が最強で計10回の優勝を飾った。西ノ海は休場続きで早々に引退、大阪相撲の名誉をかけて宮城山も合併場所を制すなど頑張ったが、かなり苦しい成績。常ノ花も抜群の安定感を誇ったわけでもなく、5年10月を最後に引退してしまった。残された宮城山に一人横綱を続ける実力は残っていなかったが、辞めるに辞められず、皆勤負け越しも記録してしまった。6年3月ついに引退。, 大関陣では、若き玉錦がいつ横綱になってもおかしくない好成績を続けていたが、「品格」の点がマイナスだったようで、さっぱり免許されない。常陸岩は引退、再大関能代潟も勝ち越しがやっと。30代後半の名人・大ノ里も衰えて2場所連続負け越し。番付の決め方などは現在と大きく異なるから簡単に比較は出来ないが、玉錦は3場所優勝の成績でも横綱の声はかからなかった。7年、春秋園事件勃発。大多数の力士が抜けていく相撲協会最大の危機だったが、玉錦は全く動かず。これが評価されたのかどうかはわからないが、7年暮れにやっと横綱になった。, 東西合併、春秋園事件と相撲界大激動の時期。横綱を張るには最悪の時期だけに、いつ誰が出奔するかわからないような状態では、横綱推薦どころでなかったかもしれない。玉錦など実力者はいても、混乱を極めた土俵を沈める大きな存在が不在だった。「別席」扱いの男女ノ川が優勝したり、奉納相撲では、引退してかなり経った元横綱栃木山の春日野が優勝したというほど、実力的にも飛び抜けた存在のいない時代だった。, タイプにもよるが、一人横綱には向き不向きがあると言える。普通は強敵がいないと有利になりそうだが、横綱というのは単なるチャンピオンではない。堅苦しい行事も多いし私生活の注目も浴び続ける、その中で品格を厳しく問われる。その独特の重みを分け合うライバルは、非常にありがたいものだと経験者は語る。, ライバルを失って大失速した北の富士と、一人横綱の状況を追い風にした朝青龍。かたや休場中にハワイでサーフィン、こなたモンゴルでサッカー。不眠症・高血圧で休場に、解離性障害で帰国。かばい手で勝った横綱とぶら下がりで勝った横綱。似たもの同士(というと怒られるだろうが)ではあるが、一人横綱時代に関しては好対照な2人の横綱だ。破天荒な行動はプレッシャーの裏返しか。 大相撲九月場所は、三横綱休場に始まって二大関の途中休場、さらに人気者の若手・宇良まで怪我をした、という波乱の場所。, しかしまあ、相撲はスーパースターだけで見るもんでもないし、今場所みたいなときも楽しい。 阿武咲や貴景勝がどこまでやれるだろうとか、千代大龍の復活はどうかとか、さすがに豪栄道も大関らしいところ見せるし。, 一方で、これまで長く横綱・大関で活躍してきた面々も、さすがに怪我や年齢からくる衰えも隠せない感じになってきて。 白鵬、日馬富士、琴奨菊、稀勢の里、鶴竜、豪栄道と、みんな30歳を過ぎた。やはり30歳は、衰えが見えてきてしまう歳だと思う。, それで、最近の大関以上に番付を上げた力士の、昇進した年齢と、引退していたらその年齢を、データとして並べてみた。, 若貴世代以降ということにして、曙から髙安まで、23人。データはWikipediaの各力士のページから。 昇進については、初大関・初横綱として土俵に上がった場所が開催された月の1日時点での年齢。 引退は、引退日が分かる場合はその日、わからない場合は最後に出場した場所が開催された月の1日時点での年齢。, 横綱の場合は、10勝できないくらいだと引退せざるを得なくなる。大関よりも引退が早まりそう。 朝青龍はちょっと引退の事情が違うが、あの貴乃花も30歳で引退してるんだなあ。ちなみに千代の富士も30歳くらい。 白鵬とかかなり長い期間に渡って綱を張っている横綱もあるけれど、これは横綱昇進がすごく早いから長くなってる。, 大関の場合は、引退のしかたも色々。大関のまま辞める人もいれば、十両に落ちてもまだ続けた人もある。潔いのもそれはそれ、やれる限りやるのもそれはそれ。 横綱よりやや引退が遅い傾向があるが、やっぱり30歳過ぎると辛そうなのは同じかな。引退より先に大関陥落する場合も多いわけだし。 10年も大関で居続けて陥落することなく引退した魁皇は、やはり類稀な大関だったんだなあ。, 大関なら22~3歳でスピード出世か、20代後半の遅咲きか。 そして、遅咲きの大関が横綱までいくことは少ない。鶴竜・稀勢の里がわりと大関が遅かったが、それでも25~6歳。 数字だけ見ると、髙安はちょっと大関が遅くなっちゃったかな。私は髙安好きなんだけど……, 遅咲き大関の引退が遅いという傾向も、魁皇を除いては特にない感じ。魁皇が特異。 出島も初大関から引退までは長いが、大関在位は長くない。 30歳を過ぎると衰えが始まる傾向は、残酷ながら変わらないらしい。, ただまあ、38歳でなおまだまだ幕内でやれる感じの豪風とか、35歳にして大関取りもありえる嘉風とかもいる。 ここ20年で稽古やトレーニングが変わって、長く体を保てる技術とかができてるのかもしれない。, 今まさに30歳を過ぎている横綱・大関・元大関らは、2011年の八百長問題で相撲人気が沈みに沈んだ頃、土俵の中では強い幕内力士として、また巡業のような土俵の外でも、大変な苦労をして相撲人気を蘇らせてくれた人々でもある。 そう思うと、潮時が近づいてるのかなあと思うのは寂しい。  あるいは、過去のデータから見た30歳の峠を、今の横綱・大関陣がどこまで覆して長く続けられるか。それを見どころとして捉えるのもひとつの見方か。, 偶然なのかなんなのか、今のトップクラスの力士がみんな同じような年齢だから、世代交代の時は一気に来てしまいそうでもある。 何か、強い力士の当たり年みたいなのが生じるものなのかな。過去にも、1971年前後の生まれに大関以上が多かった。, 悪いケースとしては、四横綱と琴奨菊・豪栄道が近いタイミングで引退してしまって、今場所みたいな上位不在が平常状態になってしまうこともありえるのかもしれない。 栃煌山もそれくらいの年齢だし、妙義龍も去年くらいからついに番付を落としていってしまっている。, まあそうなったらそうなったで、次に土俵を引っ張れる若い人、と考えてみるのも面白くはある。, 今もう上にいる髙安とか御嶽海はもちろんとして。 照ノ富士の膝の怪我がなければ、と嘆いても仕方ないけど、惜しいな。, 貴景勝は、幕内に上がってすぐ勢いで駆け上がって、でも手の内が知られて対策されて一旦止まって、というよくある流れを辿ってるところかな。跳ね返してさらにひと伸びできれば大物になるかも。 阿武咲はまだ、対策されて止まるところまでは経験してないか。これから一洗礼浴びそう。, あるいは、停滞してしまっている感じの力士が、なにか新しい形を見出して再始動するようなケースもあるし。すでにそれがあったのは玉鷲。正代とか逸ノ城も何か出ないかな。, 私は、朝乃山がちょっと気になる。 背が高くて足も長くて格好がいい。顔もなかなか。私は見た目のいい力士が好きだから。 私の美的感覚だと、今の幕内で美形力士というと輝になるな。顔もいいし、長身で足が長くて。相撲って短足のほうがええんやろけど。, とまあ色々思ってみたけれど、相撲って一度好きになると、どういう番付表でどういう場所になっても、面白いと思えるようになれる気がする。 力士の怪我だけは、どういう角度で見ても嬉しいことには絶対にならんから、怪我の少ない大相撲であってほしいと望むだけ。, あれこれ興味は持つblog。話題はとっ散らかっています(カテゴリ参照のこと)。

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